2012年5月11日 26時50分 はれ 日直:うだ
なにかを共有するということについて,
思えば3年くらい前から断続的に考えている.
……いたような気がする.
漠然と.
だれかとなにかを共有できたら嬉しいし,
できなきゃつまんない.
そういう感情が少しずつ膨らんで,
集団が形成されていくのだろうか.
それで, いいこともあれば, 悪いこともある.
同じ物を見れたらそれは素晴らしい.
集団を維持するためには, 感覚とルールの共有が必要だろう.
疎外感って, 共有したいという欲求のあらわれだろうか.
とは言え,
無神経に共有することを強要してはいけないし,
安易に共有することを許容してもだめだ.
やっぱりなんでも, 偶然とか, たまたまっていうのが大事な気がする.
振り返れば, そういう偶然の一致みたいなことに,
大きく心を動かされている.
たまたま, 同じ時, 同じ場所で, 同じことを思う時, のような.
そのためには, 準備が必要だ.
だれかと共有するための準備.
だれかと共感するための準備.
偶然に出会うための準備.
それはたぶんひとりでする準備.
じゃないだろうか.
と, 今日言う.